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子パンダ誕生

4月15日午前5時50分に、2324グラムの女の子を出産しました。

全エネルギーを使って産まれてきてくれた子パンダは、
現在、NICU(新生児集中治療室)の保育器にいますが、
ずいぶん元気になり、
今日点滴もはずしてもらいました。

明日、子パンダより先に退院します。

一緒に退院できないのは残念だけどね。

仕方ない…

やさしい先生や看護師さんにしっかり診てもらって
100%元気になってほしいです。

ひとまずご報告まで。
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カモンベイビー 5

今、病院のベッドの上でブログを書いてます。

妊娠37週を迎え、赤ちゃんの体重もかなり少なめではあるけれど、
2000グラムを超えたということで、
張りどめの薬の服用をやめて、
出産方法についても、
「赤ちゃんの産まれたい時に、
産まれたい方法で産んであげよう」
と先生に言っていただきました。

帝王切開じゃないと産めないと思っていたのに、
まさか普通に陣痛を待って出産できる可能性があるなんて思ってもみませんでした。

「うちの娘、なかなかやるなぁ」
と、最後の最後に根性をみせてくれた赤ちゃんに、
ワタシもオットも随分励まされたものです。

しかし、普通に陣痛を待つにはリスクがあります。

なぜならうちの赤ちゃんのように、発育遅延と言われる子は
分娩のストレスに耐えられず、死亡または仮死状態になる率が、
正常児の6?10倍。

出産には常に心拍の状態を確認しなくてはならず、
油断ができません。

それでも赤ちゃんが元気に産まれようとしているなら、
その力を最大限に引き出してあげたい。

それこそが実は一番の安全策じゃないかと…

こうして、ワタシたちは、赤ちゃん自身が産まれたい日を待っていたのです。

ところが…

急に赤ちゃんが弱くなる恐れがあるので、
胎動には十分気をつけてと言われてましたが、
毎日ぐにょぐにょポコポコと元気に動いていたので
すっかり安心していたのですが、
急に体重の増加が減り、
その翌週にはまったく体重が増えてない状態になってしまったのです。

このままでは自宅で陣痛がおこった場合、
赤ちゃんの体力がもたないかもしれないと、
急きょ入院することに。
(急と言っても今回は翌日だったので準備もできましたけどね)

病院で毎日赤ちゃんの状態をみながら、
陣痛に耐えられるかどうかのテストをすることになったのです。

テストというのは、正しくは「OCT」、
オキシトシンなんとかテストと言うそうです。
(なんとか…て。忘れちゃいました?。)

自然陣痛の際に分泌されるホルモン「オキシトシン」を
人工的に合成した薬剤を微量ずつ投与し、
赤ちゃんの心臓の状態を妊娠監視装置で観察します。
それで問題がないようであれば投与量を増やして、
経膣分娩へと誘発するんだそうで。

そう。

テストの後、そのまま出産となるのです。

もし赤ちゃんの状態がよくなければ、帝王切開に切り替えるとのこと。

このテストから出産までの一連の行程を、
明日、4月14日に行うことになりました。

当日の予定としては…

午前8時。
陣痛室へ移動し、妊娠監視装置をつけ、
安静時の赤ちゃんの心拍をモニタリングする。

午前9時。
陣痛促進剤の投与を開始。

正午。
問題なければ、心拍を確認しながら投与量を増量し、
本格的に陣痛を誘発していく。

となっています。

どこまで陣痛に耐えられるかは赤ちゃん次第…。

産むワタシにしても、
陣痛を人工的におこし、それが試験的に微量から始まるわけですから、
分娩時間も相当かかることが予想されます。

産みの苦しみに耐えられるかはワタシ次第。

そして、そばで無事に産まれるのを見守るのがオットの役目。

感激のご対面のために、
親子3人が頑張らねば!!というワケです。

ここで疑問がひとつ。

分娩のストレスで死ぬ可能性もあると言われている発育遅延の赤ちゃんに、
わざわざストレスをかけるテストをして、
経膣分娩にチャレンジしようとするのはナゼ??
と思いませんか?

ワタシもそう思いました。もちろんオットも。

成長を止めた赤ちゃんにわざわざストレスをかけるなんて、
ムチャやないかと。

それなら帝王切開で、ストレスなく産んであげるべきだろうって。

リスクの少ない方を選択したいのが
親心というものでしょ??

そこで、主治医にその旨を伝えたのです。

すると…

帝王切開の方が母子ともにリスクが少ないとは言い切れないと言われました。

例えば…

赤ちゃんがわざわざ狭い産道を、
大変な思いをしながら出ようとするかと言うと、
産道で体に圧力をかけ、
出たときにその圧力が解けることで、
肺に空気が入り、肺が活動を始めるから。

帝王切開ではそうはいきません。
事前準備なく、いきなり外の世界に出るのですから。
もちろん元気な赤ちゃんならいいんです。
でも、うちの赤ちゃんのように、
内臓に欠陥があるかもしれない発育遅延の子にそうすると、
予期せぬトラブルを引き起こしかねないと言うのです。

あくまで一例ですけどね。

どちらが安全という100%の確証はありません。

ただ先生たちの見解では、
優先順位として考えられるのは、
やはりまず経膣分娩にチャレンジして、
無理なら取り出すことなんだそうです。

そうなるともう先生たちに任せるしかありません。

いずれにせよ、赤ちゃんが無事に産まれればそれでいいんですから。

今は、お腹の赤ちゃんに

「父さんと母さんがお迎えに行くから、
元気に待ってるんやで。
お迎えに行ったら出ておいでって言うから、
そしたらツルンと出ておいでな♪」
と話しかけてます。

誘発分娩ですからね。
赤ちゃんの「いつに産まれたい」という意志は尊重してあげられなかったけど、
まさに赤ちゃんを外の世界にお誘いすることになるんだなぁ…なんて思ったり。

4月14日。

オットと一緒に大切な赤ちゃんをお迎えしてきます。

<追記>
4月16日はワタシの37回目の誕生日。
(えぇ年になったなぁ…笑)
赤ちゃんと一緒なのもいいなと思うけど、
さすがにそこまで時間がかかるのはちょっと…(笑)

カモンベイビー 4

大学病院に転院してから、ほとんど外出しなくなりました。

通い始めたヨガにも、
楽しみにしてたマタニティセミナーにも、
運動&気分転換を兼ねたウォーキングにも。

ワタシが動くと、全身の血流がよくなるため、
赤ちゃんへ送られる血液量が減ってしまうからというのが理由でした。


また、お腹の張りを感じ始めたということもありました。


でも、一番の理由はやはり、不安なキモチにとりつかれ、
とてもそんな気力が出なかったからです。


オットとはその後、赤ちゃんの話をよくするようになりました。

というか、オットとしか本音で話す気になれなかったというのが正直なキモチだったかもしれません。


誰に「大丈夫だよ」と励まされても心底安心することはできないし、
逆にこちらが平気そうな笑顔を作ることもしんどかったんです。


父と母、立場は違えど同じように不安を抱えているオットにだけ、
誰にも言えない不安をぶつけていました。

オットだって不安で心配で仕方なかったはずですが、口には出さず、そのすべてを受け止めてくれました。


問題だらけの赤ちゃんですが、
小さいながらも少しずつガンバって成長してくれたのは、
ワタシが頑張ったのではなく、
オットが頑張ってくれたおかげだと思います。

ワタシ一人で抱えていたら、

ストレスで赤ちゃんの発育に悪い影響があったかもしれませんからね。



妊娠9か月に入る直前に、子宮筋腫の変性からか、
陣痛並の強い張りをおこし、17日間ほど入院しました。


この頃、仕事が忙しい時期だったにもかかわらず、
面会時間にこそ間に合いませんでしたが、いつも消灯間際に病院に顔を出してくれました。


入院中は点滴につながれっぱなしだし、薬の副作用もひどく、気分は滅入る一方。

先生からはこれまで以上に赤ちゃんの小ささを指摘されるし、気分がいいわけありません。

それに一時期、まだ1300グラムしかなかった赤ちゃんを
緊急帝王切開で出さないといけないかもしれないと言われたときがあり、
寝れない日を過ごしたこともありました。


入院していれば安静にできるし、
栄養バランスのいい食事もできます。
何より突然のトラブルにも安心。

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カモンベイビー 3

再び妊娠していることがわかり、
希望していた産婦人科医院へ転院することになりました。

そこは、フリースタイル・カンガルーケアによる出産を方針としている、
昔ながらの小さな個人病院で、
できるだけナチュラルなお産を希望していたワタシは
迷わずそこを選びました。

妊娠10週までに予約しないと迷わないほどの人気の高い病院でしたが、
なんとか予約に間に合うことができました。

転院してからも、何度か状態がよくないので再健診を!
なんてこともありましたが、
どうにかこうにか安定期を迎えることができ、
マタニティヨガに通ったり、ウォーキングにいそしんだりと、
楽しいマタニティ生活を送っていました。

市主催のマタニティセミナーにオットと参加もしました。
二人きりの最後の旅行にと、
オットの誕生日に伊勢・鳥羽へ出かけたことも。

高齢初産になること、大きな筋腫がることなどで、
出産への不安はあったももの、
妊娠7ヶ月を迎える少し前まで、他の方と変わらず、
赤ちゃんを授かることの喜びでいっぱいだったのです。

でも、クリスマスを迎える直前に、
赤ちゃんの発育の悪さを指摘され、
大学病院へ転院するように指示されてしまいました。

赤ちゃんが小さめだと言われることはよくあるとは思いますが、
ワタシの場合は、赤ちゃんが元気なのにも関わらず、極端に発育が悪く、
奇形や異常を持っている赤ちゃんの可能性があるとまで
言われてしまったのです。

小さな個人病院では、そんなリスクのある妊婦を抱えることはできません。
NICU(新生児集中治療室)のある、周産期医療の充実した病院への転院が
必要だとのことでした。

その話を聞いたときは、とても冷静でいられませんでしたが、
とにかく赤ちゃんを無事産むことだけを考えて、
すぐに大学病院のハイリスク妊婦外来へと転院しました。

転院先で診てもらいましたが、
先生の診断は以前の病院と同じ。

明らかな発育不良が見られると。

原因として考えられるのは、
何らかの奇形、染色体異常のほか、
子宮内環境がよくないなど。

こういう状態は一般的に子宮内胎児発育遅延といい、
1/3の赤ちゃんが胎内で死亡し、
分娩時に死亡または仮死状態になる確率が
通常の6?10倍あるとのこと。

ワタシの赤ちゃんは今後急激に成長することはなく、
小さく生まれることは間違いないそうで、
なおかつ病気や障害を持っている可能性があるということでした。

さらには、生まれることさえできな場合もあると…。

そこまでハッキリ言われると、
もう何も言えませんでした。

「何か聞いておきたいことは?」と言われましたが、
何を聞いていいのかさえわからない。

病院へ1人で行かなくてよかった。
オットに一緒に聞いてもらったよかったと思いました。

帰宅してからは、赤ちゃんの話や今後のことは話しませんでした。

というより話せませんでした。

本当なら、発育不良の原因を調べるための、
MRI検査や羊水検査を受けるかどうかの
相談などをしなくちゃいけなかったのですが、
ただ何にも考えずにいたかったから。
現実のことと思えなかったから。


それでも幾人かの友人への年賀状に
「赤ちゃんを授かります」というメッセージを書いたのは、
授かった命をまるでなかったかのような扱いをするのが耐えられなかったから。

生きて赤ちゃんとご対面できるかどうかはわからないけど、
春に赤ちゃんを授かる予定であることはまちがいのないこと。

この事実をなかったことにしたくないと思って書きました。

年明けにたくさんのおめでとうメールをいただきました。
「でも赤ちゃんが小さいんだ…」と説明しなくちゃいけなかったのは辛かったけど、
いっぱい励ましてもらいました。

まだその励ましに、「がんばるぞ!」というキモチになれない時期ではあったけど、
うれしかったです。


年が明けてからは、現実と向き合う日々。
少しいい結果が出ても、いつだって「楽観視はできない」と
クギをさされる。

オットとの本当の意味での支えあいの日々の始まりでした。


続く。




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