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カモンベイビー 2

今お腹にいる赤ちゃんを授かるまでに
2年ほどかかりました。

結婚するまでは「35歳までに産み落とす!」などと意気込んでいましたが、
結婚当初はとにかく忙しく、
仕事と家庭との両立さえ難しい状態で、
子供のことを考える余裕さえありませんでした。

それでも1年くらいたったころ、
そろそろ考えてもいいのでは?と思えるようになり、
基礎体温を測りはじめました。

基礎体温って正直なんですよね。
3ヶ月ほど測っただけで、すぐに自分のカラダに、
妊娠に必要なホルモンが足らないのでは?と気づいたのです。

善は急げ!とばかりに、
以前から「出産するならこの病院で♪」と思っていた産婦人科に訪れました。

そこで、大きな筋腫があることや、
タマゴの発育がよくないこと、
受精卵が着床するための内膜が薄いことなどを指摘されたのです。

そこからワタシたち夫婦の格闘が始まりました。

毎朝基礎体温を測り、
排卵日ごろには病院でタマゴの大きさをチェックし、
いわゆるタイミング法による妊娠にチャレンジしました。

薬も飲みました。
痛い注射もしました。

それでも妊娠する気配はなく、
専門病院へ転院することになりました。

これまで生理痛もほとんどなければ、
生理が不順になることもなかったワタシにしてみれば、
まさか自分が子供のできにくいカラダだなんて思ってもみなかったので、
専門病院への転院は、「不妊」のレッテルを貼られたようで
ショックだったことを覚えています。

転院したときにはすでに35歳になっていたので、
焦るキモチもありました。

たくさんの検査をしました。
中には痛い検査もありました。
妊娠に効果があると言われることはいろいろ試してみました。

仕事しながら病院に通うことも大変だったし、
自分を励まし続けることも大変でした。

「治療をやめたら妊娠したってヒトもいるよ」なんて励ましてくれるヒトもいましたが、
そんなのはほんの一部の話で、
やめたらそれだけ妊娠への可能性が遠のくだけ。
とにかく毎日、毎月、がんばりました。

そして2007年の春。
桜が咲き始める頃に、ようやく妊娠したのです。

でも心拍を確認することもなく、
お腹の赤ちゃんは成長を止めてしまいました。

ゴールデンウィークが終わったころ、
手術によって一つの命とサヨナラしました。

治療をしているヒトのなかには、
子供の写真付き年賀状や、写メールを
心苦しく思っているヒトが少なくありませんが、
ワタシはそんな感情がなく、
友人からの年賀状やメールを楽しみにしている方だったのですが、
さすがに赤ちゃんとサヨナラしたのが
年末年始じゃなくてよかったと思いました。

まちの中で小さなお子さんを連れたヒトや、
妊娠しているヒトを見るのも辛かった時期ですから。

ヒトに対して嫌なキモチになるというより、
自虐的なキモチになるんですよ。
「どうしてワタシは…」って。
マイナスなことしか考えられなくなるのです。


手術そのものは全身麻酔で、ほんの10分ほど。
痛みもなく終わりましたが、
術前の処置の痛みは今でも覚えています。

赤ちゃんを産むための痛みだと言われればガマンだってできますが、
サヨナラするために、この痛みに耐えなくちゃいけないのかと思うと、
その理不尽さに悔しいキモチでいっぱいでした。


赤ちゃんが成長しないことがわかってから、
術後キモチが落ち着くまでに2ヶ月近くかかりましたが、
ワタシだって妊娠できるんだということが
キモチを押し上げてくれました。

本格的な治療が必要になるかもと言われているなかで、
妊娠できたのですから。

もうちょっとやそっとじゃくじけない!

そんなキモチで再び頑張り始めてまもなく、
今お腹にいる赤ちゃんを授かったことがわかったのです。

3回目の結婚記念日の翌朝のことでした。


続く。
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